お茶のつぼ市|つぼ市製茶本舗について

目利きにあり

 

嘉永三年(1850年)、谷本市兵衛がつぼ市の屋号のもとに泉州堺に茶の貿易と茶問屋を創業いたしました。往時、堺は中世より栄えた商業、貿易の都市形態から工業都市への変革がはじまりつつある黎明期でありました。
 

出典:「住吉堺名所並ニ豪商案内記」 川崎源太郎/著(明治16年)

 

明治の初めには、堺商工会議所が設立されその創立当初の社員として、谷本市治良(市兵衛)の名が堺商工会議所100年史の中に見てとれ、すでに大きな商いを行なっていたことがうかがわれます。

 

昭和に入り戦渦のなか、空襲により堺の旧市街は灰燼に帰し、自慢の堺造りと呼ばれた三棟の土蔵を持つ大きな商家も焼け落ちてしまいます。
戦後、唯一焼け残った屋号の看板を胸に市治良はつぼ市の再興を誓います。昭和20年9月、戦争の傷跡も生々しく残る堺の街を後にし、本社を高石市に移転、操業を再開いたしました。
 

時代を経て昭和45年、わが国は高度経済成長期に入りました。
この頃、茶の消費が急激に伸び、国内の消費に需要が追いつかず、四代目当主の谷本陽蔵は台湾茶の輸入に踏みきります。このことが日本における烏龍茶ブームの走りとなりました。

その後も陽蔵は福建、台湾を度々訪れ中国茶の研究を続け、後に「中国茶の魅力」(柴田書店)や「お茶のある暮らし」(草思社)等の書物を著し、お茶の普及と啓蒙に力を注ぎました。

 

平成18年には、五代目谷本順一が、高まる食の安全性に対応する為、業界トップクラスの最新設備の工場(つぼ市第二工場)を建設。良質で安全、衛生的な製品づくりをめざし、ISO9001 認証、有機JAS認証も取得いたしました。
 

平成23年5月に業界初で大阪版食の安全安心認証を取得いたしました。そして、つぼ市は創業して160年以上を迎えこれは偏に、長年に渡る皆様方のご愛顧によるものと深く感謝いたしております。
これからもつぼ市は、ほんもののお茶づくりでお客様にやすらぎ、和、感動を提供しつつ200年企業をめざします。 

つぼ市の歴史 焼け跡からの再興


堺衆文化の会
こども食堂プロジェクト